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祈り、内なるものとの境界

今年も311が訪れました。
私は、金沢文庫で開かれた
運慶展にて、祈りを捧げました。

源頼朝と同じ時代を生き、
神奈川にもいくつもの
作品を遺している運慶、
その神奈川ゆかりの
慶派仏像が一同に会した
特別展の最終日でした。

特に気になったのは
運慶の仏像の霊験伝説
として知られる
頬焼阿弥陀如来像です。

これは、町局が法師にある疑いから
火ゴテで罰を与えたところ
阿弥陀如来の頬にも同じ焼痕が
出現し、夢枕に阿弥陀如来が現れたという
縁起が伝えられているものです。

その伝説を振り返る時
私たちは、祈りの意味を考えます。
祈りとは、自分の内なる声に
耳を傾けることではないか、と。
焼頬の例は、真偽はともあれ
町局の心の奥にある罪悪感が、
そのような奇跡を見せたのでしょう。

その阿弥陀如来の前で
311の自然への畏怖を
想いながら祈りを捧げると
気のせいか、
阿弥陀如来の左目に
キラリと涙が光っている
ように見えました。

阿弥陀さまも悲しんでいらっしゃる、
それは私の内なる心の声であり
祈りを内から外へと放つ
静かな力を感じたのでした。

引き続き東北の復興と
被災された方々の心の回復を祈り、
自然とともに暮らす私たちの
災害への備えが万全であるように
と願うばかりです。

川俣正展 がらん、とした中に

BankArt NYKで開催中の川俣正展へ。

川俣さんのインスタレーションは、

何か、ざらざらした記憶を呼び覚ますような、不思議な感触。

解体された廃材などを使った、木製パレットの山や、

バラック小屋みたいなものも、倉庫だったこの場所で見ると、

妙に馴染んで見えて、埠頭の作業場に来ているような錯覚に。

見捨てられ、やがて忘れ去られる廃材が、つかのま息を吹き返した場所。

そこは、しんと静かであたたかい。

少々、ぎこちないバランスは今にも動きだしそうな野生味となって。

 

Expandというテーマどおり、

この場所、この空間にある地霊のような気配が、

作家のインスピレーションとともに、拡張されていくのかもしれない。

2階、3階のフロアは、まだ作りかけのがらん、とした空間だった。

このがらん、とした感覚も、なんだか日本的な気がして気持ちよかった。